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いつもの小山歩き、今日が私にとっての真備追悼復興3年です、総社福山山頂から復興真備を追悼してきました

いつもの小山歩き、雨が降りそうなので急ぎ足で ゆっくり廻り道コースと浅原コースを登って福山山頂から復興された真備を見てきました(2021/07/07 09:10)
山頂に着く寸前からポツリとポツリと雨粒が落ち始めた。急いで山頂西側のあづまやに駆け込んでリュックからデジタル一眼を取り出し真備の街をバシバシと撮ってきた。ズームにして我が家あたりを狙ったり岡田小学校、真備東中学校などめぼしいものを望遠で撮ってきた。しかし雨が降り始めたのでさっさと片づけて素早くパッキングし直して階段を早足で降りてきた

2018/7/7 7/6の深夜に末政川の堤防が切れ徐々に有井、川辺、岡田、辻田が浸水されていった。7/7の朝は我々は末政川が決壊したことを知らずに平素の生活をしていたが外を見ていると水田が完全に浸かり道路も浸かり始めたことに気づく。そこで慌てて車3台を真備町の北面の高台に向けて車を走らせて人間と車を避難させる。7/7のAM10時ごろから家の基礎あたりが浸かる。あとはあれよあれよ言う間に浸水が進み午後14時ごろには1Fの電灯のかさ直下あたりまで浸かる、つまり1Fにあったものはすべて水没する、床上2m近くまで浸かったので全壊である...
その頃には行政の力で真備町川辺あたりからホースで水を吸い上げて高梁川へ放水が始まり およそ18時間をかけて道路が見えるくらいまで水が減った。7/8のAM8時ごろからどろどろの道路を何とか走り抜けて 娘婿の親戚がある玉島へ逃げたのであった

真備町辻田~川辺~有井~箭田(やた)を幅広く望む

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小田川はおだやか

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真備町中心部 井原線吉備眞備(きびのまきび)駅~倉敷市真備支所あたり

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福山山頂の忠魂碑

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山頂西側のあづまや、今日はここで雨宿りをしている人が多かった

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今日は天気がすぐれなかったせいか以外に登っている人が少なく真備の追悼をしているような人も私以外には見受けられなかった。真備の自宅に向けて一礼、真備支所方面を向いて一礼、復興できたお礼と今後の発展をお祈りさせて頂いた

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